熱血ライター 神山典士がゆく

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September 13, 2006

秀平からの便り~歩め秀平!

あの暑かった夏が思い出になる頃、ずーっと待っていたメールが届きました。
前にここで紹介した18歳の(いや、もう誕生日がきて19歳になったのかな?)の秀平からです。
こんなメールです。

「連絡遅くなって本当にごめんなさい。
ずっと考えてたのですが、本のこと、やればやるほど出てこなくなり、やればやるほどわからなくなり、それで手付かずになってしまいした。
それを言うにも言えず、丁度親父の仕事が毎日忙しくなり、時間が取れなくなってしまったこともあって、そのままになりました。
それなのに、色々考えて次の仕事を初めてしまいました。
そして逃げてしまいました。

凄く優しいメールや、ファックス、ありがとうございました。嬉しかった。そしてごめんなさい。
でも今はまだその期待に答えられません。

実は今も本は読んでます、仕事から帰って来て書こうともしてます。
でも、焦れば焦る程わからなくなっていきます。

今はまだ何をしたいのかがわかりません。
毎日消費する生活です。(保育の)短大に行くことや、小さなバイクShopに勤めることや、もちろん本を書いていくこと。どれも今考えています。
でも自信がないんです、中途半端になってしまいそうで。
だから何か一つはやってみようと思い、この仕事を続けてみるつもりです。
そしてそれが出来たならば、考えて悩んで道を決めたいと思います。
パソコン代は給料から払わせて下さい。ごめんなさい。
色々真剣に考えてくれてありがとうございます。答えられなくてごめんなさい。
親父にも迷惑かけて申し訳ないと思っています。
親父の言ってる事は凄く良く解るし、ありがたい言葉です。でも今はそれすらも苦しいです。
だから避けています。だけどまたバイクの話とかしたいです。
親父には直接言えないんですけどね。

とにかく今は何も出てきません、ごめんなさい。

また話聞いてもらえますか?

自分勝手で本当にごめんなさい」

ここに掲載することは本人には承諾を得ていないのですが、ま、書き手とつきあうということはこういうリスクもあるということで---許してくださいね。
んで、この文面にあるように、秀平は春にやってきて、僕の本を読んでその感想文を書く×20冊やろうという目標を立てたのでした。
その最初の作品は「北朝鮮にスマッシュ」。このホームページでもみてもらえます。
でもそのあと、プツンと連絡がこなくなっちゃったんですよね。携帯のアドレスもかわっちゃったみたいだし。
それでどうしたのかずーっと心配していたのですが、やっとこのメールをもらいました。
ま、よかったよかった。いろいろ悩んでいるんだろうなとは思っていましたが、メールが打てたら3歩前進ですね。
僕は彼にこんなメールをうちました。
「メールがきたきた。なによりです。悩んで当たり前、難しくて当たり前。
でも、本を投げ出していないなら、折々に読んでもらって、頭に浮かんだことやほとばしったことを忘れずにメモにでもしておいてください。いつか文章になればよし。ならないでもまたよし。
創造すること、考えること、そしてそれを表現すること。
そういう喜びもあるんだとわかってもらえたらそれだけでも嬉しいです。
生き方について悩むなら若いうちです。悩んだら周囲の人にどんどん相談してみてください。
人に無心に聞けるのも今のうちだな。君の知らない世界がいろいろに広がっているはずだから。
またBAZにもきてください。待ってますよ」

実は今もう一人、友人のダンサーの後輩からもメールをもらっています。この子は大学3年生かな。あったこともないんだけど、出版社に就職したいとのこと。電話で話したら、「なんで出版社なのか、自分でもわからないんです」だって。
でも素直そうな子だから、なんか力になりたくなって、知り合いの出版社の女性編集者を紹介しようかとも思っています。
まったく人間という奴は、道が見えなくて悩んで、見えたら見えたでまた悩んで、道を歩みながらもまたまた躓いて穴に落ち込んで悩んで、小さな喜びと大きく深い悩みと交互にやりすごしながら生きていくんですねぇ。いつでも誰でも。

でもいいっすよね。18歳。歩みさえ止めなければ、とんでもないところまで進める年齢ですからね。
そうそう思い出しました。今日はピアニスト伸行君の16歳の誕生日。
去年ショパンコンクールにでたことがつい昨日のことのように思い出されます。
彼も来春から大学だな。またいろいろ企画が進んでいるようです。
何年か前、彼のリサイタルの後、楽屋に三枝さんがやってきてこういいました。
「今日の演奏は合格点だったけど、まだまだ上があるな。僕らに、見たこともない青空を見せてよ」と。
そういう可能性を感じさせてくれる若者たち。秀平とも、これからも関わり合っていこうと思っています。
みなさんからも、応援メールをいただけたら幸いです。僕が経由しますから。よろしくどーぞ。

2006 09 13 [小沢秀平18歳の世界] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

May 08, 2006

北朝鮮、事実と真実

 「北朝鮮にスマッシュ。」(メディアファクトリー、1998年刊)を読んで

 『北朝鮮、事実と真実』  小沢秀平

 現代の日本の若者が「北朝鮮」という単語を聞いて、まず始めに思いつくことは「拉致国家」である。

 2002年10月15日、地村さん夫妻、蓮池さん夫妻、曽我ひとみさんの5人が約30年振りに帰国した。そのニュースは日本に止まらず、世界の各国で大々的に報じられ、連日メディアの主役になっていた。
 当時中学2年生だった僕は、それが世界の国々、日本に対して、どれだけ大きな事件なのかは知らなかった。
 学校に行っても、先生は何も教えてはくれないので、ニュースや新聞等で情報を集めるしかなかった。
 その当時の日本のメディアは、やはり被害者意識が高い。教科書にしてもそうなだ。子供達はそれでしか情報を得る事が出来ない為、本当の善悪の区別がつきにくい。
 テレビをつければ金正日の誕生祭で兵隊が行進している姿、子供達の異常ともいえる教育方法などが映し出される。新聞を読めばアメリカへの敵対心から来る、世界からの孤立等が書き出されている。
 そんなメディアの情報を鵜呑みにはしていなかったつもりでけれど、やはり日本で教育された僕らは、北朝鮮は悪い国だとか危ない国だとか色々想像してしまう。
 神山も日本国民の多数の人が持っているであろう、素直な気持ちや疑問を持って北朝鮮に向かおうとしている。そんなところからこの本はスタートする。 

 この本を読んで僕がまず驚いたのは、北朝鮮の人々は、自分達の国を「北」とは呼ばないということだった。彼らは時文の国を「共和国」と呼んでいる。何故なら、自分達の国が世界の中心であって、「北」という表現は、現地の人からすればおかしな表現方法だからだ。神山も文中で「共和国」と表現する。それにはこんな理由がある。
 文中にも登場する、彼が以前取材した、玄昌貴(ヒョン・チャンギ)という在日朝鮮人3世とのやりとりの中のエピソードだ。
「玄は自分の足跡を示す記述にはほとんど無関心だったが、国、あるいは主席の事にことになると敏感だった。そのいくつかは直せたが、いくつかは直すのが難しい部分があった。~中略~『玄さん、おっしゃることはわかります。でも僕は日本の立場でレポートしています。共和国の常識をそのまま書くことは難しいんです。わかって下さい、お願いします。』~中略~今回この旅のレポートを書くにあたって、僕が『共和国』という『記号』を使っているのは、この時の玄さんとのやり取りを踏まえている。あの時は玄さんに譲ってもらった。今回は僕が玄さんの祖国を訪ねる旅なのだから、彼への敬意とその国への親しみを込めて『共和国』と書こう。」
 さらに神山は、共和国を訪ねた理由をこう書いている。
「かの地から日本を見たら、今まで僕には見えなかった日本の暗部にも光が当てられるかもしれない。~中略~そういう旅にしたいのだ。たとえわずかな期間であったとしも。」

 本書を読ん改めて驚かされたのは、北朝鮮に、観光目的で入れるという事だ。世間知らずな18歳の僕にとっては、そんなことが驚くべき事なのだ。
 読み進んでいくと、この国の「想像通り」の胡散臭さがより顕著になっていく。例えばこんな場面。
『それでは今から皆さんのパスポートを集めます。皆さんが出発するまで大切に預かりますので、私に渡してください』
 これはガイドの人に神山たち一行が言われた事であるが、そんな事が向こうでは当たり前だ。
 日本での「常識」が共和国の「非常識」、日本での「非常識」が、共和国の「常識」。
 例えばこんなことが列挙されている。
・街に広告や看板が無い。
・娯楽施設と呼べるものが無い。
・銀行も無い。
・ガソリンスタンドも無い。
・電柱や電線ですら無い。
 これだけ挙げても日本では考えられないことだ。

 そんな無機質な街に住む共和国の人々は、一体どのような感じなのか。
 これまでの想像通り、街には金親子の銅像や絵が至る所にあるらしく、まるで宗教の様に人々は崇めている。
 しかしそれは所詮「事実」でしかないということに気付かされる。
 神山がカメラを向けても煙たがる大概の国民達。そんな人達に混じり、たった一人笑顔でそれに応じてくれた名前も知らない電車の中の青年。写真を撮らせてくれた御礼にと、神山が100円玉10円玉を1枚ずつ差し出した時の青年の反応を、神山はこう述べている。
「あぁ、その時の彼の反応を、僕は忘れることができない。差し出された僕の手を彼はグッと握ってきた。温かい感触が皮膚を通して伝わってくる。~中略~初めて普通の人と会話する事ができた。言葉ではなく、全身で。~中略~列車の中から考えてもわずか10分程度の出来事が、僕には長い長い起承転結のあるストーリーのように思えた。」と。

 さらにこんなエピソードもある。
 非常に人間臭い考えを持っている、ガイドの金さん。
 金さんが朝鮮画を東京に売りに行くという話になったときのこんなやり取りが面白い。
「『じゃ僕に連絡頂戴よ。一緒に新宿に行こう。二丁目のゲイバーなんて、どう』
 そう言うと、とたんに手を振った。
『駄目ですよ、ゲイバーなんて。私にはあんなことできません』~中略~
『共和国にもゲイはいるんだ』
 そう訊ねると、またまた硬い表情になった。
『いえ、いません。表向きはいないことになっています』
 そう言ってしまってから、思わず金さんの口元がニヤリと綻んだ。それは、共和国で初めてできた僕の友人の、内面を垣間見させる忘れ難い笑顔だった。」

 いるんだ、北朝鮮にだって「人間」が。みんなそれぞれ思うことはあるし、自分達の国に疑問を感じていることもあるんだ。そして其処にあるものこそが、確固たる「真実」なのだと気付く。

 例えば子供。共和国の子供は、その国柄上、幼い頃から金親子、国の為に生きろと教えられ、育つ。年に1,2回の催し物の為に、3ヶ月もの間、勉強や遊びを犠牲にして練習する。幼い子供の貴重な時間を割いて。
 こう改めて文に起すと、日本の戦時中にそっくりだなと思う。日本の場合、金親子ではなく、天皇だが、「お国の為なら命さえ惜しくない」「鬼畜米英」という教育方針に、何ら変わりは無い。
 しかしここまでは「事実」である。やはり「真実」とは違う。
 子供はやはり、全世界共通で、素直で、好奇心旺盛で、それが「真実」なのだ。
 そんな子供達に、下らない事を強要させ、それを当たり前に仕立て上げる朝鮮民主主義人民共和国という国、それを作り上げた金親子を僕は許せない。
 今、僕と同世代よりもっと下の子供達には、平和で自由な国を自分達の手で作り、そんな国の下、頑張って生きて欲しいと心底願う。

 さて、子供の話のついでに、僕らと同世代の、「半大人、半子供」の青春真只中の奴等の話をしよう。
 本書によると、共和国の若者達は、橋の下でデートをするのが最もポピュラーらしい。これはあくまでも僕の想像なのだが、娯楽施設というものが無いのではないかと思う。正確に言うと、あるにはあるのだが、一部上流階級の人間や、観光客しか入れないようなものなのではないか。僕ら日本の若者にとっては、考え難いものである。
 共和国での専らの避妊方法はピルだという。日本では、医者に処方してもらわないと手に入らない為に、性感が多少落ちたとしても、妊娠出来ない環境の奴はコンドームを使うしかない。
 ということは医者の了承無しで入手出来るのだろうか?出来たとしても場所があるのか?娯楽施設の環境が整っていない国で、まさか日本の様にホテルがあるとは思えない。是非現地の奴らに直接聞いてみたいものだ。
 しかしそんな娯楽環境の不整備も、まだ男女間の問題ならいい。
 近所の公園なり川なり神社なりで、夜な夜な開催される、友情を深め合い、将来のことや女の事をただ話し合うという、男同士の大事な会話の風景すら無いというではないか。それがどんなに大事な事で、どんなに子供を成長させることだろうか。
 僕はそうして成長した。男というものは、そういうものだろう。
 しかし共和国には、そんな概念もなければ、そんな場所も、そんな風景も無いらしい。それではどのように毎日過ごしているのか、非常に疑問に思う。
 これも僕の勝手な想像なのだが、やはり共和国という軍事国家の、育成方法によるものなのだろう。「御国がアメリカと戦っている時に、これからを担うお前達がそんなところで、そんなことをしていては駄目だ。」という思想のもとに教育されて来たのだ。
 そしてそれが当たり前になり、誰しもがその「儀式」のことを「下らない」と思っているのだろう。
 大人も子供も、全員が、だ。
 その思想、国柄は、次のことにも当てはまる。

 現在の日本は無宗教国家である。そのため、「規範」「日本らしさ」というものがあまり無く、ましてや伝統のものを受け継いでいる事など、僕の身の周りには殆ど無い。
 だからこそ日本は「意思が無い」だとか、「アメリカの犬」等という不名誉なレッテルを貼られ、経済的には超一流なのにも拘わらず、未だに国際的地位が低いという考えがあるのだと思うのだ。
 それに比べて共和国はどうだ。確かに、閉鎖的、否国際的と言われるのはわかる。未だに戦時中と同じような思想で(と言っても共和国の人にしてみれば、戦時中なのだろうが)教育されていたのでは、そうなるのも仕方が無いのだろう。
 神山も文中で言うとおり、「もっともっと世界からの情報が必要なことは言うまでもない」

 しかし、そんな国だからこそ生まれる、良い所はある。
 軍事的というある種もはや時代遅れな目的ではあるが、「金正日」という非常に強力な「規範」により、非常に団結心が強い。戦時中に植民地にされていたのに、その国(ここでは日本あるいはアメリカ)の援助や方針を突っぱねて、「朝鮮民主主義人民共和国」という、誰にも真似の出来ない個性ある国を独立させたことは、世界の歴史の中でも貴重な国ではないか。
 日本の様に、半植民地にされて、そこから相手に主導権を与えた個性のない、言いなりの国では無い。
 そんな自主独立国に生まれたのだから、朝鮮人のあの独特の生命力にも、納得ができるというものだ。
 どちらがいいとは双方の観点から言えば、お互い祖国の方がいいのは決まっているが、「そんな共和国が大好きです」と、心の底から言える人がいることは、素晴らしい事だ。

 では、お隣、韓国と比べたらどうなるのか?
 北緯38度線という、世界で1番有名(ベルリンの壁ももう無い為)であろうこの国境を、双方(北と南)の視点から見比べた文章が載っている。最近では、オリンピックにおいて南北合同で入場行進されたりしたが、やはり国境付近ではピリピリしているようだ。
 南、つまり韓国の国境付近では、米軍も一緒にいるらしい。対して北、つまり共和国には共和国軍しかいない。ここでも互いの国の性格がよく表れている。
 北は、やはり閉鎖感や国際的疎外感がある。それに軍事色が強い。文中に南北を比較した軍事データが載っているのだが、それを見ても、共和国がどれだけ軍事に力を入れているのかがわかる。
 対して南は、日本より軍事的(まだ徴兵制度があるため)だが、共和国に比べればやはり「国際的」であろう。
 そこではお互いに毎日監視し合い、その様子を見ると、「日本は平和だな」と思わざるを得ないだろう。
 確かに共和国は、世界の中から考えると非常に異質であり、孤立していると思う。それは「事実」だ。
 だがしかし、「真実」はもっと別のところにあると思う。
 神山が文中で言った言葉で、心に響くものがあった。

「歴史を一方から見ただけでは、個々の事実は見えても真実を知るのは難しい。」

 僕はこの本を読んだだけでは北朝鮮の全ては分からないだろう。しかし、この本を読んで1番ためになるのは、僕たちの世代だ。1度読んだら、少なくとも今までの小さな世界の中の自分はいないだろう。
 歴史や情勢、現地の人間の考えは日本人としての観点では「事実」しか見えない。
 だからこそこれから先1度は行って、自分の目で、北朝鮮、世界の事をもっと知るべきだなと思う。
 そこには様々な「真実」があるだろう。僕はそんな「真実」達を見つけられたらいいなと思う。
 今この時間も、共和国の人々は生きている。
「金正日、万歳!」と口では言いつつも、心の中では、「女と遊びてぇ!バイクに乗って自由に走り回りたい!もっと自由に色んな事を知りたい!俺は何でも出来るんだ!」
 と思っている、希望に満ちた「普通の」18歳がいること、そしてそんな奴等がこれからの北朝鮮を作っていける世界になることを、僕は強く願う。
 個々の意志が強く、団結力が強いあの国だからこそ、そんなことを期待してしまう。

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May 07, 2006

46X×18X=∞

実は今年の12月で、僕がフリーランスになって20年を迎えます。たしか96年の暮れに、僕は当時在籍していた編集プロダクションに辞表を出して、一人歩きを始めたのでした。
あの日から、なんともう20年にもなるのか。そう思うとゾッとしますが、何か20周年に相応しいものはないかな---と折にふれて考えたりもしていました。
ちょうどその頃、18歳の小沢秀平君が事務所を訊ねてきてくれました。
「高校卒業が決まっちゃって、来年から何をしていいのかわからないんです」
進学するのか職に就くのか、18年間の人生では決断することができないという、
非常にわかりやすいピュアな悩みでした。
思い返せば20年前、僕も「文章を書いて生きて行きたい」ということだけはわかっていたものの、
何をどうしたらいいのか、全く五里霧中のスタートだったことを思い出します。
だったら同じようなものだから、一緒に文章をまとめてみようかと思いつき、
「46エックス×18エックス=∞」という企画を考えてみました。
僕がこれまで書いてきた本を秀平が読み、そこに評論というか感想というか批評というか、ま、とにかく精一杯書ける文章を書いてみます。それをこの「熱血」で発表して、10本溜まったら小冊子に編集しようという試みです。
僕にとっても今までの仕事を俯瞰することにもなるし、その歩みを検証することにもなります。
今を生きる18歳にどんなふうに受け止めて貰えるか、不安と共に楽しみでもあります。

最初の読者はこのページを訪ねてくださった皆さんです。感想等ありましたら、どしどしお寄せ下さい。
よろしくお願いいたします。

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