熱血ライター 神山典士がゆく

  • top
  • diary
  • profile
  • works
  • e-Library
  • @the bazzar

« 感想文大会その2、藤原さん、関根さん、窪谷さん | トップページ | 「フレンチの王道・シェイノの流儀」読書感想文大会~その4、上位入賞者をご紹介します~ »

July 27, 2016

「フレンチの王道・シェイノの流儀」読書感想文大会~その3、水上さん、西野さん、猪野さん

 「フレンチの王道 シェ・イノの流儀」を読んで   水上 彩


 今年で92歳になるわたしの義母は、驚くほどの健啖家でフレンチが大好物。
並みの若者よりよく食べるのだが、フレンチのなかでもモダンなものや創作系を嫌い、昔ながらの料理を好む。健康志向、食の軽量化が進んだいまの世の中、「ヘルシーで軽い」料理を出す レストランが主流なので、家族で食事するときには意外と店選びに苦労する。
 代官山の『レストラン・パッション』はオープン以来30年の常連。そのほか、パッションの系列である『ル・プティ・ブドン』、『アピシウス』など、クラシックフレンチのお店をリピートすることになるのだが、『シェ・イノ』も義母のお気に入り。
それゆえ、「フレンチの王道」という本書のタイトルが身をもってしっくり感じられた。

 本書をよんで沸きおこったのは、「ALWAYS 三丁目の夕日」をみて胸がきゅんとするような、古き良き時代への郷愁と、高度経済成長とともに発展した日本のフランス料理界への憧れである。
「フレンチ料理とイタリア料理は違うんだ」という認識レベルから、人々の味覚が進歩するのとともに、井上さんも「ヌーベル・キュイジーヌ」の寵児として花開いた。
怒濤の勢いでフレンチ道をつきすすむ本人の並外れた努力・行動力・才能はもちろんだが、時代の波にうまく乗ったことにより、シェ・イノがクラシックフレンチの元祖としてゆるぎない地位を築いた、ということが読みとれた。

 「世界一の料理人」を目指して研鑽を重ねてきた井上さんを筆頭に、彼が影響を与えた料理人たちが本場なみにレベルの高い一皿をつくろうと日々努力してきたのはよくわかる。それではわれわれ食べ手はどうだろうか。
 本書のなかには、各界の財界人、名士、文豪など上客の話が出てくる。オープン以来の常連、毎年ジビエの時期には必ず食べにくる紳士、世界中の美味美食を食べ歩いたグルマン達……「お金を出せば誰でもいつでも食べられるというものではなく、季節と場所と料理人とそれを食べる人をも峻別する料理」オート・キュイジーヌを出すシェ・イノには一流の舌をもった人たちが集う。
 ここでふと考えたのは、味のわかる上客はいいとしても、来店する客すべてがグラン・メゾンにふさわしいだろうか、ということである。日本のレストランでは、よほど無礼なふるまいをしない限り、かつての『マキシム』みたいに門前払いされることはないだろうが、重要なのは、客のひとりひとりが出された料理にどう向き合うかではないだろうか。

 こんな岡本太郎のエピソードがある。彼はピカソの絵をみて感動したときに、こう言った。
「感動しているのはこっちで、その絵じゃないんだよ。その絵がすばらしいんじゃない。感動しているこっちがすばらしいんだ」。
 この「絵」を料理にあてはめてみると、いわんとすることが伝わるかもしれない。ピカソの名作を見て反応しない人がいるように、すばらしい料理を前にしても、まったく反応しない(できない)人もいる。そう考えると、料理人が魂を込めた「作品」に反応してくれる、すなわち店に選ばれる食べ手になるには、感性を磨き、味覚レベルを引き上げる努力をすべきではないだろうか。
 
 はじめてイノにいった日、メインにいただいたのは、もちろん「マリア・カラス」。
いまやひとつの固有名詞となった看板料理、イノにきたらぜったい食べたい、と思い続けてきた一皿だった。
皿が目の前に置かれた瞬間に立ちのぼるトリュフの芳香、美しいロゼ色の仔羊にフォアグラと赤ワインソースが絡み合う濃厚なうま味、そしてボルドーの古酒との完璧なマリアージュ……私自身はまだまだひよっこの食べ手だけれど、イノの歴史がつまった「味わい」に感動した瞬間は、今もはっきりと覚えている。

Img_5261


京遊膳 花みやこ 生涯異端児料理人 大将 西野正巳


この本を読む前に、井上さんの年齢を頭に置いて、私の師匠である京都西陣「魚新」の故寺田茂一や江戸柳橋花柳界最後の名料亭「いな垣」の原司の事を思った。
戦争に二人の師が予科練にて零戦で訓練を受けていたなど、当時の話をよく聞かされた。 時代背景としては、私が生まれる少し前であるという事が分かります。
当時日本には物資が無く、飢えで死ぬ者が居たという。 円は1ドル360円で自由に外国に行くなど出来ない時代だった。 多くの大先輩たちに可愛がって頂いた私には海外渡航の経験が無いのに、その風景が見える。(不思議なものである) 今の子たちは家族の為とかお国の為で何かを行うなど、スポーツ選手でもなければあり得ない!まして職業や就職先を選ぶのに、自分を試すとか地獄を味わうなど考える者も居ないでしょう。
私は中学から不良と呼ばれ、高校は空手で全国連覇を果たしていた地元の水城高校に空手部特待で受験なしで入れた。世間が近寄らないほど荒れていて、授業中にシンナーやタバコは日常茶飯、日々喧嘩に明け暮れていました。朝鮮高校とは因縁で、抗争事件で有名になった。今思えば「金八」や「積み木崩し」の同世代と言う、日本で一番に不良が暴れ乱れていた時代でした。
しかし6歳の頃から調理が好きで、実家はスーパーだった為に食材には困らず、親は忙しいので家族の毎日の夕飯を作って楽しんでいた。8歳の誕生日には、親が包丁と業務用厨房を私にプレゼントしてくれた。この頃から自分は将来はコックになるんだと既に決めていました。コックに…そう何故かフレンチに憧れていたのです。その思いは高校時代も変わらずに、空手部の合宿でも調理担当で練習が途中で抜けられる特権に甘んじながらも、皆んなが喜ぶ顔を見るのが楽しくて色々と凝った料理も作っていました。
しかし今のままでは刑務所に入るような人生へ行くだろうと我を見つめる事もあり、全ての友達や自分自身を消す為に、東京では無く誰も知らず誰とも連絡を取らずに済む大阪の専門学校を自分で選びました。アルバイトと進学制度を使って、親からの支援なしでも生きて行ける道を選びました。井上さんのようにヨーロッパへ行くという凄い志では無いですが、18歳で1人大阪へ向かい、当時の日本料理の講師畑耕一郎先生に西野は日本料理の方が向いていると言われました。この一言で私はフレンチから日本料理の道へと方向変換し、京都の老舗料亭の門を叩くという事になりました。
こんな私ですから先輩との喧嘩や京都の街でもヤンチャして、皆んなに迷惑かけた事は言うまでもありません!そんな私でも、料理の事だけは何があっても誰にも負けず本気でピラミッドの上の世界へ行きたいと、野望だけは消えずに歩んでいました。
京都では関東人は嫌われ生意気な私はイジメにも合いました。でも空手部の辛さからすれば…蚊に刺されたようなもの。関西のヤクザとも争い事件になり、警察署に泊まって保護観察で家庭裁判所へ通いながら修行しました。京都での修行は給料が少なく、休みなど殆どないので楽しみは仕事の後に河原町に飲みに行き、同年代の学生と仲良くしたりマハラジャで踊ることでした。少ない給料では銭湯へ行くと手元には雀の涙ほどのお金が残るだけです。そこで飲みに行っていたカフェバーの社長にお願いして、百万遍にあった支店でバイトを週3回させてもらえるように交渉しました。
採用されてからは社員価格で河原町の本店ビル内の店も飲めるようにしてもらった。当時その店には、京大と同志社の学生がお客できて、1杯のカクテルで朝まで勉強している。(今のスタバのような光景が繰り広げられていた。)これでは利益にならないので、夜食セットを考えてくれと言われ、出し巻き定食と竜田揚げ定食を私のバイトの時だけ始めることにしました!すると口コミで週3回は売り上げが他の日の5倍にもなり、私も給料を多く貰え、調理の勉強がリアルに出来るという嬉しい形になりました!言葉の壁は無かったし、京都も好きな街になったので、淋しさは有りませんでした。
ただ京都の料亭の仕事は厳しいく、辛い毎日で流石の私でも心が折れそうな時は涙したものです。其れでも自分が選んだ道ですので「有言実行」は私のポリシーですから、一人前になるまでは負けないと耐え忍び、26歳まで修行しました。
現在の私の店にも多くの子供達が修行に来ましたが、1年居た子は0。何とも根性の無い者ばかりです。親のお金で専門学校へ行き、高い授業料も出してもらい、「夢は料理人です」とか偉そうに面接では口先だけは達者ですが、入って来ればろくな声で挨拶も返事もできない!料理の前に社会の基本や道徳心が皆無!日本一になろうとか最高の料理を生み出すとか、若き日の井上さんが思った事など、今の子は思いもしないのか?情報はパソコンやスマホで幾らでも世界中から即座に入手できます。初めての料理でも食材でも、調べれば親切に何でも載っている。お金さえ出せば手に入らないものも無い!こんな、恵まれ過ぎた時代だからこそ、ハングリーになって欲しいし上を目指して欲しいのですが、組織が好きで一匹狼や異端児になる事を恐れています。
私は調理師会という、くだらない文化を駄目にする、組織絵図が気に入らなくて28歳で独立開業しました。28歳で5000万の金を貸してくれる銀行など無く、親に頭を下げ、反対を押し切って保証人になってもらったお陰で、小さな料理屋を始めることができました。夫婦二人三脚で15年間というもの休み無く毎日15時間以上働き、疲労とストレスで倒れて入院し、死の淵まで行く事になりました。けれどその努力の末に視野を広げることができ、地方からでも世界を目指そうと働いて来ました。
長年の信用で、今度は誰からの支援もなく数億の借金をして数寄屋造の店へと進化する事ができました!年齢的に古賀シェフと同年代なので、そろそろ人を育てる事が義務だと弟子の育成にも力を入れていますが…ハングリーな異端児は未だ現れませんね〜 。
この本を読んで、友達と少し離れたからと淋しいなど女の腐った事を言うような「ゆとり野郎」が少しは目を覚ましてくれたら嬉しいと、私の読み終えた本を弟子には読ませています。
和食も進化し、今では引き算だけで無く足し算も行い、古い伝統技術も大切にしながらもガストロパックやスチコンにブラストチラーやパコジェットなどの最先端設備も使います。 おもてなしはサービスの基本だと茶道も学び、ワインやシャンパーニュも取り入れ、グローバルスタンダードを目指して絶滅危惧種の日本料理を必死に進化させようと努力しています。一期一会の精神と総合芸術と合わせ、お客様には記憶に残る料理を心がけて日々精進しております。
井上さんが本の中でお話ししている多くの部分で共感できます。飲食業は常に進化していますが、私たち料理人はシンプルに食材に手を加え、お客様に夢と記憶を残す「愛ある職業」である事が基本です。それを感じさせて頂いた本でした。
難しいことよりも、本物を継承しながらも進化し続ける、そして人を育てる事が心と体を作る。それが食に携わる我々の姿なように私には感じられた1冊でした。
料理に多くのジャンルや形式が世界中にありますが、其々にみな素晴らしい。素材の使い方や地域に合わせた調理法や料理に秘められた思いや秘話など、多くの歴史が人間の歴史と共に導かれ、愛ある事が全てで笑顔が何よりの料理人の幸せだと強く思うのです。尊敬する大先輩の生き様やお話は、カンフル剤となりヤンチャな異端児の生き様にも力になりました!感謝いたします。

Img_5269

「フレンチの王道」読書感想文     
                      猪野敬子

私がフランス料理と出会ったのは、結婚がきっかけでした。結婚するまで実家での生活でしたが、憧れていた音楽の仕事に就けたことで社会人生活を謳歌し過ぎ、ほぼ寝に帰るだけ、、な毎日でした。
母から料理を教わる事も、花嫁修行らしいことを何もしないまま結婚。お料理はレシピがあれば簡単に作れるだろうくらいに漠然と考えていたものの、いざ夫に出してみると、「何コレ??食べれそうなシロモノに全然見えないんだけど。。」と言われてしまう始末。この一言に奮起して、通い始めたお料理教室で出会ったのが、フランス料理でした。
在日外国人シェフに母国の料理を教わる、という教室で、ヒラタマリさんにフランス料理を習いました。彼女は日系3世ブラジル人で、ご主人のフランス パリでの転勤時代に、名門料理学校コルドンブルーを首席で卒業後、パリの三つ星レストラン「アルページュ」での修行経験がありました。
彼女の作る料理は、前菜、メイン、デザート、そのどれもが食材、ソースとが渾然一体となって味わい深く、特に肉の魔術師とも呼ばれるアラン・パッサール氏直伝の肉の火入れに感動し、目が釘付けとなりました。今日はどんな料理と出会えるか、レシピには書かれない卓越した料理技術を見ることも毎回の楽しみとなりました。
すっかりフランス料理の魅力に取り憑かれ、並行して辻調理師専門学校で講師後独立された、川上文代さん主催の料理教室にも通いました。ここではフランス22の地方の料理を48回に分けて、基本のソース、調理方法などの基本テクニックを学べるコースがあり、4年かけて全て受講しました。
「フレンチの王道 シェ・イノの流儀」を読んで、これまで地方ごとに、料理ごとに断片的に勉強してきたフランス料理への理解がより一層深まりました。フランス料理の最高峰「オート・キュイジーヌ」、フランス料理の新しい潮流「ヌーヴェル・キュイジーヌ・フランセーズ」、それぞれのシェフにまつわるストーリー、エスコフィエの料理を受け継ぎながら、さらに時代にあった料理を生み出してきたエピソードの数々。今となっては彼らから直接味わうことができない料理があることを残念に思いつつ、その血が注ぎ込まれた井上シェフの料理を味わう機会に恵まれたことを大変嬉しく思います。
少々敷居が高く、他の料理と比べると行く機会の少なかったフランス料理を俄然食べに行きたくなり、また他のシェフたちにもフランス料理と向き合ってきた話を聞いてみたくなりました。
2010年にフランス料理と深く関わるワインエキスパートの資格を取得、今年はチーズプロフェッショナルの資格に挑戦しています。
私のまわりには探究心が強い人達が多くいるので、フランスの食文化を、料理、ワイン、チーズ、パンなど各分野すべてに関して、その魅力を伝えられるくらいのレベルになる事が、今の私の目標です。

Img_5272

2016 07 27 [美味伝承 サリー・ワイルとその時代] | 固定リンク

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58805/63974471

この記事へのトラックバック一覧です: 「フレンチの王道・シェイノの流儀」読書感想文大会~その3、水上さん、西野さん、猪野さん: