May 24, 2012
「感謝」と「忘れない」、「しあわせ循環プロジェクト」提案
27日、名取市にいって、現地のみなさんと今後の明星の会の活動について話し合ってきます。
以下の提案をさせてもらおうと思っています。
みなさん、何かお考えがあったら教えてください。
ご協力いただけたらいと嬉し。
よろしくどーぞ。
「感謝を届けよう→震災を忘れない、しあわせ循環プロジェクト」(仮題、提案)
状況(僕らが把握している限り)
1、 被災地では
・仮設等で女性陣を中心に手業の小物(美田園のしあわせお手玉等)をつくっているグループがある。
・被災者には支援してくれたことに対して「感謝の気持ちを届けたい」という思いがある。
・震災が忘れられてしまうのではないかという危機感がある
・小物をつくる布地がほしい
2、 関東以西では
・震災が忘れられようとしている
・(一般的には)被災地や被災者とのコミュニケーションのとりようがない
・どう支援していいかわからない
3、 明星の会としては
・金銭がからまないやりとりを希望
・被災地と関東以西圏の人々とのコミュニケーションの仲立ちになりたい
目的
1、 被災地の手業品を使って感謝の気持ちを関東以西に届けよう→それを貰って使うことで震災を忘れないきっかけにしよう→関東以西から被災地に布地を送ろう→「感謝」と「忘れない」を「しあわせ循環」させよう
提案
そこで、以下のような循環型プロジェクトはどうだろう。
1、 手業品の循環
・被災地のみなさんがつくった手業の小物を、関東関西のしかるべきところにプレゼントする~幼稚園保育園、小学校、大学、職場、等~明星の会が仲立ちする~送り場所に合わせて小物の種類を変えてもらう、
・プレゼントをもらった人たちは、お返しに布地等を被災地にプレゼントする
・双方のプレゼント品(手業品、布地等)に、簡単なメッセージと住所氏名を入れてもらい、コミュニケーションのきっかけにしてもらう(強制ではない)
2、 ホームページ展開(活動がうまく始まったら立ち上げて順次アップしていく)
・手業品の紹介、つくっているグループの紹介、合わせて仮設での生活の様子等をアップする
・プレゼントをもらった幼稚園保育園、学校、職場等での手業品の使われ方を紹介
・被災地に対するメッセージをアップ
・双方向のやりとりをアップしていく→被災地と明星の会双方に管理人をおいて、被災地情報、関東以西圏情報をそれぞれアップしていく
3、アップグレード展開
・使用者の目線で手業品のアイディアを出して、被災地のみなさんへ希望を伝える→だんだん技術と品質、生産量が上がっていけば、例えば会社のノベルティとか保育園のエプロンとか、一括で注文してくれるところもでてくるのではないか→やがては小さなビジネスになる可能性も?
4、明星の会の役割
・被災地のみなさんの活動の情報収集、コミュニケーション
・寄贈先の確保、交渉(布地集め等の段取り含め)~まずは身近なところから始めよう
・チラシの作成(寄贈先募集、手業品に入れてプレゼント)
・布地集め、送付作業
・寄贈先に長野さんの写真掲示~被災地の状況を知ってもらう、被災者のみなさんと顔の見える交流を
2012 05 24 [2011年東日本支援、明星の会] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
May 21, 2012
金環日食、すご! 写真うますぎ!
今朝は6時30に起きて、ベランダから金環日食観察でした。
7時30ころにはすこーし薄暗くなったし、ひんやりして、普段とは異質な雰囲気に包まれました。
友人の友人から贈られてきた写真です。
すご!!うますぎ!!
こちらにも驚いてしまいます。
撮影は只佐直樹さん。
ありがとうございました~。
2012 05 21 [友人知人] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
May 13, 2012
2012年度、東北支援明星の会の活動会議
金曜日の夜、去年から活動している明星の会のメンバーが、板橋シスナブに集まってくれました。
その結果をここでも報告しますね。
参加・平戸、八木、小沢、長野、天野、小田、伊倉、伊東、神山、オブザーバー村松(ハーモニーセンター)
1、今年度の活動案
・名取市美田園
~あつこさんたち、女性陣がお手玉づくりをしている
森さんが独自に女性陣を集めて活動を開始
→上記の活動の詳細を調べて、紹介するホームページつくり等を考えたい
→飯澤さんやあつこさんに早急にあって、現地の要望をまとめたい(伊倉ちゃん電話してアポとる)
・陸前高田米崎中仮設
~今年度自治会活動
盆踊り、8月15日前後
文化祭、10月13日
イモ煮会、10月後半
→上記3イヴェントに関しては、出張居酒屋を展開する。
→漁師さんたちや住民の方たちとともに活動できることはないだろうか?(神山、金野さんに電話で聞く)
・御前浜
~復興委員会が活動を開始している
→6月末か7月上旬に、防風壁外しに行く。この時、イヴェントを提案して出張居酒屋展開。
・箱崎桜
~5月26日に住民主催の居酒屋開催(天野隊長)
→この時、今後のコミュニティ活動を提案。住民がつくっているもの等があったら、美田園とあわせて紹介できないか?
・「忘れないプロジェクト」~被災地の人が恐れているのは、「忘れ去られてしまうこと」。そうならないように、いろいろな活動を模索していこう
→時間と機会がある人は、個人的にでも東北へ向かおう(明星の会全体で東北に向かう企画と平行して、個人企画も考えよう→メールやFBで提案して参加を募る→活動内容によっては助成金を出せる可能性もある)
→被災地の人は、支援への感謝の気持ちを伝えたいと思っている。美田園、箱崎、米崎等で感謝グッヅがつくられていたら、それを首都圏近郊の保育園幼稚園、あるいは大学に「繋げよう」。→そこから材料等をカンパしてもらって、被災地に届ける→感謝グッヅつくり→首都圏へ→感謝のリンクをつくることで「忘れない」
→金野さんの話を聞くバスツアーを企画したらどうだろう。(要検討)
→明星の会としては、まだまだ被災地の情報把握が少ないと感じる。もっといろいろな情報を入手して、新しい活動を模索していこう。→メール、FB等で情報シェア
・「父と暮せば」天野公演企画
~天野主宰の松風の会で、東北公演を模索している。→東北各地に原作本を送って読んでもらっているところ。
→「父と暮せば」公演が可能なら、全面的にバックアップしよう。
去年は震災直後ということで、各地で「出張居酒屋」を開催するとみなさんに喜んでいただけました。
けれど復興復旧がある程度進んだいまは、地元の居酒屋や食堂も開業しているところが多いし、
仮設等に住むみなさんもそれぞれに自立自活への歩みが始まっています。
居酒屋だけでなく、被災地の実情に沿った別の支援形体がないものか、改めて考えたいと思っています。
振り返れば去年のちょうどいまごろ、「僕らの支援は受け入れてもらえるのだろうか」という
不安を抱えながら、東北道を北に向けて走りだしました。
あの気持ちを原点に、今年の活動を走りながら考えたいと思います。
みなさん、何かいいアイディアや、被災地の情報があったら教えてください。
よろしくお願いいたします。

2012 05 13 [2011年東日本支援、明星の会] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
May 05, 2012
秩父七峰にはまだ山桜が
子どもの日は素晴らしい天気になりましたね。
こんな日に事務所でPC打ってるなんて悲しいな。とほほ。
連休の一日、秩父七峰に遊んできました。
標高1000メートルに満たない山々ですが、なかなかの急登もあったりして、
楽しめました。
頂上付近の山道には、ピンクの絨毯が。
はらはらと花吹雪もありました。
季節もよくなってきたから、月に一度くらいは大自然に親しみたいと思っています。
本当はGW中に米子の大山にも行く予定だったのですが、
取材予定が変わったのと悪天候でそれもかなわず。
またの機会に、です。
山仲間のみなさん、よろしくおねがいいたしまーす。
2012 05 05 [アウトドアスポーツ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
April 29, 2012
Oファミリーを紹介します。
この前、4月25日の「ふぉわっつ・にゅ」に書いた
竹馬の友、Oファミリーを紹介しますね。
(ちなみに後ろに立っているのは、おじいちゃんではありましぇん。ご存じ明星の幹事長、米ちゃんです、念のため)
長男のたけちゃんは28歳。
なかなかいけめんでしょ。
いい若者になりました。
「おれはおやじを尊敬しているから」なーんて言ってくれるんだから、
Oも幸せ者です。
50年間頑張って生きてきた甲斐があったというもんだな。
たけちゃん、彼女と一緒に、お幸せにね~。
仕事も頑張れ~。
2012 04 29 [友人知人] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
April 13, 2012
3年越しのチャレンジ、箱根ヒルクライムに成功しました!
最後は足がパンパンで、いまにも倒れそうでした。
が、なんとか国道一号線箱根の最高地点までベルジュで登り切りました。
いや~しんどかった。
今回は一人旅だったので、何回も何回も休んだのですが、
それでも一歩も歩かずに、頂上の風を受けることができました。
ありがとうございました~。
思い返せば2年前、「箱根なんて軽い軽い打倒柏原君だ~」
なーんて口笛吹きながら板橋を出発して、
横浜経由で箱根湯本まで約100キロ走って、
そこからクライムに挑戦したんです。
そしたら湯本をでてすぐに両膝が痛くなってきて、
小湧園手前のコンビニでは立っているのがやっとの状態でした。
続いて去年は、100キロの往路は諦めて、その代わり傾斜がきついといわれる
旧道へ。
ところがこの日は雨ですよ。さみーのなんの。
伴奏してくれた吉川君なんて、走り出して5キロももたずにダウンだったし。
(もっともこの日吉川君はチャリを買って初乗り。僕が強引に誘った疑惑もありました。すまぬ)
んでもって、旧道は最後の七曲がりという難所があって、
こりゃとても歯が立ちませんでした。
2年連続のリタイアを受けて、ことしは背水の陣での出発。
宮ノ下までの間に4、5回休んじゃったりして、
我ながらもー見てられないない状態でしたが、
やっとやっと成功しました。
箱根は今年は桜が遅くて、上の方はまだ満開まで20日くらいかかるそうです。
GWころが見頃かもですよ。
ちなみに今回のチャレンジは52歳誕生日記念。
これまで、ご厚情いただいたみなさんには本当にいろいろお世話になりました。
ふつつかものですが、今後ともよろしくお願いいたします。
コウヤマは少し褌をしめて生きていかないといけないみたいです。
あと20年をどう生きるのか。
真剣に考えたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。
2012 04 13 [アウトドアスポーツ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
April 08, 2012
願わくは花の下にて春死なん
昨日今日と、おだやかな花見日和が続きますね。
BAZ近くの石神井川沿いでも、満開の桜です。
板橋の花見は、おだやかでいーわ。
ほんとに酔客がいなくて、みんなひたすら花を愛でています。
ひねもす、のたり、のたりかな。
去年は親父が、今年はつかちゃんが、
花とともに逝きました。
合掌
2012 04 08 [友人知人] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
March 31, 2012
訃報、明星ファンクラブ副会長・つかちゃん ご冥福をお祈りいたします
一昨日、明星に少し顔出したら、啓子さんがはれぼったい目をしながら突然、
「つかちゃんが昨日の朝逝っちゃった」
って言い出すんです。
「えっ、つかちゃんて?」
思わず聞き返してしまいました。
だって、あの塚越さんだなんて、誰も思わないじゃないですか。
その前夜まで、仲間の中島さんや坂本さんと大笑いしながら飲んでいたそうですから。
朝、駅前のカフェでコーヒーを飲んでいて、心筋梗塞で倒れてそのまま逝ってしまったそうです。
呆然としてしまいました。
「えっ啓子ちゃん今日も店開けてるの? あれ塚越さん、こんな日も飲んでるの?」
「なんで? 悪い?」
そんなやりとりをしたときの写真です。
去年の3月11日、19時過ぎだったかな。
余震もおさまって、さて町がどうなっているか見回ってこようかなと思って駅前まで出たら
なんと明星の赤提灯が、まるで何事もなかったかのように灯っているじゃありませんか。
んで扉を開けたら、つかちゃんがいつもどおりに飲んでるんです。
確かつかちゃんは、目白から来てるはず。電車なんてもちろん止まっているのに。
「歩いてきたよ、けっこう近かったぜ」
へーぜんと言われて、またまたあんぐりしてしまいました。
そういう人なんすよね。お酒が大好き。明星が大好き。たぶん、啓子ちゃんのことも大好きだったんだな。
人生61、2年、後年は自宅で過ごした時間よりも、明星のカウンターで飲んでにいた時間のほうが長かったんじゃないでしょうか。
ここんとこは毎日5時過ぎに現れて、8時過ぎに帰っていく習慣だったかな。
カウンターの駅よりの、前から二番目が定席でした。
啓子ちゃに近いし、テレビもよく見えるしね。
ファンクラブ会長の中島さんと坂本さんと3馬鹿トリオを組んで、楽しそうに飲んでましたよ。
明るい酒だし、愚痴らないし、人に何かを強要しないし。
あ、偶然アイフォンにその一枚が残っていました。
これは確か17日土曜日の夕方だったかな。
たいていこの時間に三人バラバラに現れて、
「便所でけつをふくかいちょ~」
なんていいながらじゃれていたんです。
つかちゃんは、若いころ常連からは「殿下」と呼ばれていたそうです。
看板屋に勤めていたんで、シャツやネクタイやジャケット、コート、マフラーなんかの色使いが綺麗なんだな。
時折鮮やかなパープルやグリーンのタイをしていた記憶があります。
一度啓子さんやみゆきちゃんたちと松本まで佐渡裕さんのコンサートを聞きに行ったっけ。
松本の青山さんの紹介で、美味しいおそばをいただきました。
そして伝説になった箱根ツアー。
行きのロマンスカーの中で、つかちゃんは猛烈に酔っぱらっちゃって、小田原城でも飲んで。
その夜は食事のあとで風呂に入ったら、自分のパンツの下に他人のパンツを履いちゃって、
「パンツ紛失騒動」を巻き起こしているにもかかわらず、自分はソファーでグーグーですよ。
んで、さらに翌日帰ろうとしたら「おい、せっかくここまできたんだから小田原城に寄っていこうよ」だって。
じぇーんじぇん覚えてなかったんですね。
でも優しい中島さんたちは「しっ!昨日も来たなんて言うなよ」と目配せしながら、
平然と二度目の小田原城に遊んだそうです。
なーんも知らないつかちゃんはまた大喜びだったとか。
こうしてみると、羨ましいくらい幸せな酒飲みでした。
ご冥福をお祈りいたします。
明星も寂しくなります。
今夜、つかちゃんの席に花でも贈ろうかな。
今日は明星の赤提灯を借りて、明星隊の6名が名取市箱塚桜仮設に向かっています。
赤提灯なしの明星だけど、つかちゃん、許してね。
合掌
2012 03 31 [友人知人] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
March 26, 2012
御前浜区総会開催~300年の歴史にひとまず区切り
25日午前10時から、女川町御前浜の分校で、住民総会が開かれました。
去年5月に初めて訪ねた時は、約50名の人が避難生活を送っていた分校です。
あの日から約10カ月。
いまは孝子おばちゃんご夫妻が住むだけとなりました。
約60戸あった家も一軒を除いて全て流され、集落の人たちはみな女川町内や石巻市内の仮設住宅に移り住んでいます。
この日はタクシーをチャーターしてきた人や、仙台から息子に連れられてやってきた人もいました。
「あらしばらく、いまはどこさ住んでんの?」という会話があちこちから聞こえてきます。
あまりにばらばらになってしまって、誰がどこに住んでいるのか知らない人が多いようです。
会の冒頭、阿部区長から発せられたのは「300年とも400年きとも言われる歴史を持つ御前浜区の休会宣言」でした。
復興委員会は東海進さんがリーダーとなって若手7名で活動をはじめていますが、高台移転が実施されるのはしばらく先のこと。
ここに住むのは孝子おばちゃんたちと阿部さんたちだけだから、休会もやむなしでしょうか。
阿部さん自身、13年間区長をつとめあげ、どこかでほっとした感じでした。
その前夜には、いつものメンバーが集まって、しばし酒を酌み交わして談笑しました。

表面的には、あんまり悲しげな振る舞いはないんです。みんな淡々としていて。
年寄りが多くなったから、やっぱり病院や商店が近くにある場所のほうが住みやすいことは間違いありません。
仮設住宅暮らしも2年3年と続けば、そこにまた新しいコミュニティもできるだろうし。
漁師でもなければ、この浜住む理由がなかなか見当たらないというのが現実です。
会の最後には、区の財産の分配が行われました。
現金が配られたから、みんなこのために集まってきていたのかな。
そういう面もあると思います。
倉庫にあった食料等も全て希望者に分けられて、集会室はがらんとしてしまいました。
津波のあと、この建物は水を被っていたので、全員で泥をかきだして天井をはって住めるようにしたんですよね。
そんな思い出も、この日で一区切りです。
ガランとした部屋に、かつては50名以上が集まったテーブルが、呆然と残っていました。

一つの集落の区切りとは、こんなシーンなのでしょうか。
何年かして再びここに人々の生活の息吹が戻るとしても、
そこにできるのは新しいコミュニティなのでしょう。
一度壊れてしまったものに「復旧」というのはなくて、あるとしても「復興」なのでしょう。
会のあと、三々五々帰路につく若手の人たちに、孝子おばちゃんは何度も何度も「御前を頼むよ、復活させてよ」と声をかけていました。
誰もが帰る前に一度自宅の跡地に立ち、しばし時を過ごしていました。
海は、少し明るさを増してきて、沖のほうはコバルトブルーになっています。
新しい季節への変わり目ですね。

去年の5月に初めてこの分校を訪ねて以来、僕らは何回も何回もここにお邪魔してきました。
ほんとうにありがとうございました。
区長さんからもお礼の言葉をいただきました。
ありがたくももったいないことです。

みなさん、お元気で。
これからは、孝子おばちゃんたちと、遠い親戚づきあいをさせていただきましょう。
東海さんが釣り舟を買うというから、夏には乗せてもらおうかな。
東北の小さな漁村にできた新しい親戚。
思いを残した地に、ひとまずさよならを言ってきました。
2012 03 26 [2011年東日本支援、明星の会] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
March 22, 2012
愛知県の中学生のみなさん、初めまして、こんにちは~
教科書をつくっている光村図書さんから、一冊の本が送られてきました。
愛知県の中学生を対象とした国語の副読本だそうです。
ここに、拙書『ヒット商品研究所へようこそ!』の中から
『瞬足-「大好き」を仕事にする人々』が掲載されているんです。

目次を見ると、伊集院静さんや黒柳徹子さん、池田晶子さんといった書き手の人たちが並んでいます。
こういう人たちの作品が並ぶ一冊の中で、僕の作品がどう読んでもらえるのか、楽しみでもあります。
作品の中では、少年時代から靴が大好きだったアキレスの津端さんが、
大人になってもその夢を忘れずに、「どうすれば誰もが運動会でヒーローになれる靴ができるか」と
脳味噌に汗をかきながら奇想天外なアイディアを膨らますシーンがあります。

実際、津端さんの家はいろいろな靴で溢れているんですよ。奥さんからは、古くなったのはもう捨てればと言われているそうですが。なかなかそれはできないよと仰っていました。
そういう「どーしようもなく好き」って感覚は、誰にもあるものですよね。
それが仕事になることって、すごく嬉しいことだと思います。
なーんて書きながら、なんとなく児童書文体になってるな。なはは。
とにかく、愛知県の中学生のみなさん、はじめまして。
楽しんでいってください。よろしくおねがいいたしまーす。
2012 03 22 [神山典士の仕事] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


















